「激走!日本アルプス大縦断」

初めに言っておかねばならない。キャノボやブルべなどの「限界挑戦系」に興味のある人には刺激の強い、いや強すぎる本だ。その場でバイクを捨て、ランニングシューズへ履き替えたくなるほどの魔力を持つ本だ。

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この本は、昨年のお盆期間中に開催された、あるトレランレースを具に取材したドキュメンタリーだ。そのレースは「トランスジャパンアルプスレース(TJAR)」。8日間の制限時間の中、富山湾を出発して北アルプス中央アルプス、南アルプスの山塊を経て、ラストは静岡にたどり着くという、走行距離400km、累積標高27000mに及ぶという桁違いのスケールのレースである。
このレースの模様はNHKが取材に入り、昨年秋に放送された。また、この冬にも完全版として再放送があった。私はこの2回目の放送を見たクチだ。
この本はその取材クルーによって書かれ、テレビ放送を補完するような内容となっている。
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テレビ放送でも、このレースの凄まじさは十分過ぎるほどに伝わってはきたものの、放送枠の問題があるのだろう、参加者の内面を描き切ることはできていなかったように思う。
「すごいなあ」という呆れにも似た感嘆を覚えども、自分がそのレースに出よう、出てみたい、と思わせるパワーには少し欠けていた。それは、前記の通り、内面描写、背景描写が不足してるせいで選手個々への感情移入が浅かったからではないかと思う。
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さて、そこでこの本である。
本という特質上、雄大な山の景色を如何程に語っても、テレビの映像には叶わない。なので、レースそのものの展開に関する記述は必要最小限であるし、コースの険しさに関しては、正直テレビ放送をみていないと全然伝わらないんじゃないかという程である。
ただし、その分、圧倒的なまでに参加者それぞれの「物語」が語られている。
参加者一人一人が、どんな想いを抱いてレースに参加したのか。その想いはレースを通じてどう叶えられるのか。
平均睡眠時間は2〜3時間ほど、天候も大荒れで、レース後半ではほぼ全員が幻聴や幻視などの幻覚症状を伴うという、まさにヒトとして、生命としての限界に挑戦するかのような過酷な環境の中で、何を感じ、何を求め走るのか。全ての参加選手がまさに「求道者」である。
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この想いに触れると、自分の中の「熱」が呼び覚まされてしまうではないか!圧倒的な「本物感」。出たい!
このレースは2年に1度の開催で、次回は2014年。正直、今の自分ではあらゆるものが足りない。山の技術、走力、そしてなにより覚悟。
2016年、スタートラインに立ちたい。
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この本のもう一つの読みどころが、NHK取材班の取材風景である。コースの約半分が日本アルプスの高山地帯、かつコース全長も非常に長い、となると取材が困難を極めるというのは想像に難くない。特に山岳セクションでは出走者の走行に着いていける走力が取材クルーに要求される。そこでNHKは本職のカメラマン以外に、TJARの元完走者などにカメラクルーとしての協力を仰ぎ、実に18名体制で取材に臨んだらしい。このコスト度外視に近い撮影体制はさすがNHKだ。受信料いくらでも払いたくなる。
TJARでは「いかなる者も選手と伴走してはならない」「手助けしてはならない」というルールがあり、撮影スタッフと言えどももちろんこれらは厳守である。伴走不可ということで撮影はさらに困難になるし、一方で、身体的・精神的に限界に達している選手に何も手助けしてあげられないもどかしさを感じての撮影であったことは、行間からもひしひしと伝わってくる。
この取材を断行したNHKの英断に拍手を送りたい。
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テレビ放送未見の方は、オンデマンドで探してみるか、もしくはDVDが発売されたようなので、是非併せて見て欲しい。